消滅「マクラーレンMP4」シリーズ③:ホンダ撤退で変遷するエンジン「MP4/7A」「MP4/8」「MP4/9」


image photo by pher38 

1991年に実戦投入されたウイリアムズのマシンFW14は1992年にリアクティブ・サスペンションを搭載したハイテクマシンFW14Bに生まれ変わります。

このマシンの登場によってF1の勢力図は一変してしまいました。

最強のエンジンを積んだマシンが最強のマシンではなくなる時代がやって来たのです。

スポンサーリンク
AdSence

MP4/7A(1992)

image photo by Kzaral 

1992年の序盤、マクラーレンは前年マシンの改良型「MP4/6B」で戦っています。

しかし、リアクティブ・サスペンションを搭載したウイリアムズ・ルノーFW14Bの圧倒的なパフォーマンスを目の当たりにし、予定よりも早く「MP4/7A」を実戦投入しています。
マクラーレンで初めてハイノーズを採用し、フライ・バイ・ワイヤーも搭載されました。

このマシンは珍しくマシン名に「A」が付いています。
まだ、開発途中のものを実践に使ったからでしょうか?

「MP4/7A」はFW14Bを駆るマンセルにモナコでセナが勝利した伝説の一戦を戦ったマシンです。

このマシンのエンジンはホンダRA122EからRA122E/Bにアップグレードされています。

エンジンが変わったのは第5戦のサンマリノGPでしたので、第6戦モナコGPの勝利はエンジンに寄与ところが大きかったはずです。

1992年を最後にホンダはF1を撤退したため、RA122E/Bがホンダの第2期F1活動の最後のエンジンとなりました。

この年、9勝を上げたマンセルがワールドチャンピオンとなっています。

MP4/8(1993)


image photo by Tony Hisgett 

「MP4/8」はマクラーレンのハイテクマシンで、アクティブサスペンションやセミオートマチックトランスミッション等が搭載されました。

前年を最後にホンダが撤退したため、フォード・コスワースHB・V8エンジンに変更されています。

しかし、ベネトンとフォードがワークス契約を結んでいたため、第8戦フランスGPまでは型落ちのエンジンを使用していました。

圧倒的な性能を誇るプロストのウイリアムズ・ルノーFW15Cに対し、セナはシーズン5勝を上げる健闘を見せています。

しかし、このシーズンを最後にセナはウイリアムズに移籍してしまうのでした。

MP4/9(1994)


image photo by Ozzy Delaney 

1994年、マクラーレンのドライバー・ラインナップはミカ・ハッキネンとマーティン・ブランドルとなり若返りを見せることになりました。

「MP4/9」のフォルムは「MP4/8」を踏襲したものですが、前輪タイヤとサイドポンツーンの間にある大きなバージボードが特徴です。

「MP4/8」と形は似ていても、この年のレギュレーションによってハイテクが禁止されて全く性格の違うマシンになっています。また、エンジンもプジョーに変わり、マクラーレンは新しいスタートを切ることになりました。
この年、プジョーはV10エンジンのA4とA6を投入しています。

プジョーのエンジンは信頼性が低く、煙を上げるシーンしか覚えていません。

この年、マクラーレンは未勝利に終わっています。

まとめ

1994年、アイルトン・セナが逝き、私のF1熱も低下してしまいました。

翌年の1995年にはマンセルがスポット参戦しているのですが、ほとんど記憶にありません。

ひょっとすると1995年はF1を見ていないのかもしれません。

マクラーレンも1994年から低迷期を迎えることになってしまいました。

© bluelady.jp

image photo by Nic Redhead  いよいよ1988年からセナ・プロ時代が幕をあけます。 強力なターボエ...
スポンサーリンク
AdSence
AdSence

シェアする

フォローボタン