小説が読めない時代に

最近本が全く読めなくなった。
平井和正の本でさえダメだ。
他の小説家の本もやっぱりダメで、毎週のウルフガイだけが
心の支えとなりつつある。
時間がなくても好きな本を読むことだけはやめなかった私なのだが、
どうなっているのだろうか?

毎日の課題を(仕事を含めて)機械のようにこなしているように思える。
感情的な部分がなりを潜めているようだ(人とのやりとりではそんなことはない)。
たぶん、精神的に分裂状態(乖離状態?)になって、
いつもできることができなくなってきたのかもしれない。

平井熱中男の私がこんなことでは、
ますます小説を読む人が減ってくるのではないのか?(そんなことないか)と危惧する。

エンタテイメントとしての小説は今やコミックやビデオ(アニメーションや映画)に押され気味で、死に瀕している。
軽薄な小説が量産されるので、平井さんのような作家は損をしているように思える。
読み応えのあるものを掘り出すのは一苦労だ。
新境地を切り開く作家はほんの一握りにすぎず、ほとんどの作家は模倣だ。
ある分野が売れると見るや、商業主義に陥った作家達がその分野を食い散らかし、堕落させてしまう。
「ウルフガイ」「ゾンビーハンター」「幻魔大戦」によってどれほどの類似商品が量産されたかを見れば明らかだ。
若い読者、小説好きはとにかく平井さんの本を手にとって欲しい。

若く、感受性の強い時期に平井作品に出会うことは僥倖である。
インターネット時代に、その利用者層は平井作品を手にするにふさわしい。
携帯電話でピッピもいいが、やはりインターネットはパソコンを使って欲しいものである。
そうすればオフィシャルサイトに出会うかもしれない。e文庫に出会うかもしれない。
そうあって欲しいのだ。

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