アイルトン・セナ 序

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photo by Stuart Seeger

いよいよこのブログに3人目の偶像が登場することになった。
それがアイルトン・セナだ。
このブログの柱は今まで、平井和正、デヴィッド・ボウイ、F1情報だったのですが、このF1情報はアイルトン・セナに出会うことがなければあり得ませんでした。
アイルトン・セナを柱の一つとすることで、やっとこのブログの骨組みが見えてきた感じです。

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アイルトン・セナのこと

F1のカリスマ、モナコ・マイスター、音速の貴公子…等 アイルトン・セナを表す言葉は様々。
それらは全て正しくセナを言い表しています。
しかし、私のイメージするセナとはどのような存在なのか?
今後、このブログで、それを明らかにしていきたいと思っています。

私が、アイルトン・セナを意識したのはたぶん1990年頃だったと思います。
1988年、マクラーレン・ホンダの黄金期が過ぎた時から私のF1熱は高まっていきました。
それは何故でしょう。

振り返れば、マシンの優位性のない中、圧倒的な性能をもつウイリアムズと戦ってきたアイルトン・セナの姿を思い出します。
そのことによって、セナが私の人生のヒーローとしての存在感を強めていったのでした。

私にしても、イメージとしてのセナの姿しかなく、それを記事として残す作業は困難かもしれません。
もっと勉強しなければならないこともたくさんあります。

いずれにしても平井和正やデビッド・ボウイと同じように自分の中の存在を再確認していくことになると思います。
「私のイメージとしてのセナ」「私の知らなかったセナ」を実際に文章として掘り起こしていきたいと考えています。

そのことはひょっとすると私自身の過去・人生を見つめ直す機会になるかもしれません。
それを楽しみに、少しずつ進めていこうと考えています。

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