書籍の電子化・自炊のはじめ方
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1989年はマクラーレン・ホンダ「MP4/5」でのセナ・プロの戦いが激化。アイルトン・セナは戦略でアラン・プロストに敗れる。

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Photo by Dima Moroz 

1989年はアイルトン・セナがマクラーレン・ホンダで最多の勝利数(年間6勝)を上げながらもチャンピオンを逃した年です。

ライバルはチームメイトのアラン・プロスト。
プロストは1988年チャンピオンを逃し、絶対に負けられないという決意の年でした。

マシンはMP4/5。前年でターボエンジンが最後となったため、自然吸気3.5リッターV10エンジンのホンダRA109Eを搭載していました。

年間10勝を上げて、MP4/4に次ぐ最高のマシンでした。

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第1戦:ブラジルGP(リオデジャネイロ)3/26

アイルトン・セナはスタートでベルガーとパトレーゼに挟まれウイングを壊してしまいます。ピットの修理によって2周遅れでレースに復帰。

プロストはクラッチの不調で全開走行が出来ず、マンセルにトップの座を明け渡すことになってしまいました。

1位:ナイジェル・マンセル(フェラーリ)
2位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
3位:マウリシオ・グージェルミン(マーチ・ジャッド)

11位:アイルトン・セナ

アラン・プロスト:6ポイント

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第2戦:サンマリノGP(イモラ)4/23

アイルトン・セナが好スタートを切ったプロストを1周目にパスしたことによって、約束を破ったとしてプロストが激怒。(好スタートを切った方が1周目をトップで走りきるチームメイト同士の約束があった。)

これを機にセナ・プロの対決はコース上以外でも激しさを増すことになります。

1位:アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)
2位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
3位:アレッサンドロ・ナニーニ(ベネトン・フォード)

アイルトン・セナ:9ポイント
アラン・プロスト:12ポイント

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第3戦:モナコGP(モンテカルロ)5/7

ポールのセナがそのまま逃げ切りゴール。
モナコでの強さは圧倒的なものでした。

1位:アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)
2位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
3位:ステファノ・モデナ(ブラバム・ジャッド)

アイルトン・セナ:18ポイント
アラン・プロスト:18ポイント

第4戦:メキシコGP(メキシコシティ)5/28

ここでもポールポジションのセナが好調。
タイヤの選択も当たって3連勝を果たします。

1位:アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)
2位:リカルド・パトレーゼ(ウイリアムズ・ルノー)
3位:ミケーレ・アリボレート(ティレル・フォード)

アイルトン・セナ:27ポイント
アラン・プロスト:20ポイント

第5戦:アメリカGP(フェニックス)6/4

セナがジム・クラークのポールポジション記録を抜き33回目のポールポジションを獲得します。

プロストとの攻防が激しいレース・スタート。
プロストに先行されるが、セナがブレーキを遅らせ抜き返すスタートバトルを見せます。
しかし、セナはエンジンのトラブルに泣きリタイアを喫しています。

1位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
2位:リカルド・パトレーゼ(ウイリアムズ・ルノー)
3位:エディ・チーバー(アロウズ・フォード)

アイルトン・セナ:リタイア(エンジン・トラブル)

アイルトン・セナ:27ポイント
アラン・プロスト:29ポイント

第6戦:カナダGP(モントリオール)6/18

途中からの雨で荒れたレースとなります。
セナはトップを奪いますが、残り3周となったところでエンジン・トラブルが発生し、リタイアすることになってしまいました。

1位:ティエリー・ブーツェン(ウイリアムズ・ルノー)
2位:リカルド・パトレーゼ(ウイリアムズ・ルノー)
3位:アンドレア・デ・チェザリス(ダラーラ・フォード)

7位:アイルトン・セナ:リタイア(エンジン・トラブル)
アラン・プロスト:リタイア(サスペンション・トラブル)

アイルトン・セナ:27ポイント
アラン・プロスト:29ポイント

第7戦:フランスGP(ポール・リカール)7/9

レース前、プロストがマクラーレンからの離脱を発表しました。
プロストは母国グランプリに強くポール・トゥ・ウィンを成し遂げてます。

1位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
2位:ナイジェル・マンセル(フェラーリ)
3位:リカルド・パトレーゼ(ウイリアムズ・ルノー)

アイルトン・セナ:リタイア(ディファレンシャル・トラブル)

アイルトン・セナ:27ポイント
アラン・プロスト:38ポイント

第8戦:イギリスGP(シルバーストーン)7/18

このレースからマクラーレンは横置きのギアボックスを採用しました。
しかし、トラブルが多くセナはギアが3速に入らず、コースアウト。リタイアとなっています。

セナは4戦連続のリタイアでした。

1位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
2位:ナイジェル・マンセル(フェラーリ)
3位:アレッサンドロ・ナニーニ(ベネトン・フォード)

アイルトン・セナ:リタイア(ギアボックス・トラブル)

アイルトン・セナ:27ポイント
アラン・プロスト:47ポイント

第9戦:ドイツGP(ホッケンハイム)7/30

セナはピットでのタイヤ交換のミスでプロストに先行を許します。
しかし、今度はプロストのギアボックスにトラブルが発生し、セナに優勝が転がり込んできました。

1位:アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)
2位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
3位:ナイジェル・マンセル(フェラーリ)

アイルトン・セナ:36ポイント
アラン・プロスト:53ポイント

第10戦:ハンガリーGP(ハンガロリンク)8/13

マンセルが12番手のスタートから優勝。
ハンガロリンクはマンセルのオーバーテイクショーとなりました。

1位:ナイジェル・マンセル(フェラーリ)
2位:アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)
3位:ティエリー・ブーツェン(ウイリアムズ・ルノー)

4位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)

アイルトン・セナ:42ポイント
アラン・プロスト:56ポイント

第11戦:ベルギーGP(スパ・フランコルシャン)8/27

雨で濡れたレースで、セナが雨の強さを発揮します。
完勝でした。

1位:アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)
2位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
3位:ナイジェル・マンセル(フェラーリ)

アイルトン・セナ:51ポイント
アラン・プロスト:62ポイント

第12戦:イタリアGP(モンツァ)9/10

レース前、プロストはフェラーリへの移籍を発表しました。
来季はマンセルとタッグを組むことになります。

残り9ラップでセナはエンジンが壊れ、プロストが勝利することに。
チームを離脱するプロストはトロフィーを観客の渦に投げてしまいました。

プロストはシーズン序盤からセナのマシンの優遇を感じていました。
結局、セナ・プロの確執は後戻りの出来ない状況へと進展してしまったのです。

1位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
2位:ゲルハルト・ベルガー(フェラーリ)
3位:ティエリー・ブーツェン(ウイリアムズ・ルノー)

アイルトン・セナ:リタイア(エンジン・トラブル)

アイルトン・セナ:51ポイント
アラン・プロスト:71ポイント

第13戦:ポルトガルGP(エストリル)9/24

マンセルがピットレーンでバックしてしまったために失格となり、その後、セナのレースを台無しにしてしまったレース。

黒旗を提示されてもマンセルは走り続け、セナを道連れにリタイアしてしまいました。

マンセルは次戦出場停止となっています。

1位:ゲルハルト・ベルガー(フェラーリ)
2位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
3位:ステファン・ヨハンソン(オニキス・フォード)

アイルトン・セナ:リタイア(アクシデント)

アイルトン・セナ:51ポイント
アラン・プロスト:77ポイント

第14戦:スペインGP(ヘレス)10/1

チャンピオンになるためには絶対に負けられない状況となったセナ。
このレースでは勝利をもぎ取っています。

しかし、すでに10戦でポイントを獲得したプロストは残りのレースをハードにプッシュすることを決意するのでした。

1位:アイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)
2位:ゲルハルト・ベルガー(フェラーリ)
3位:アラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)

アイルトン・セナ:60ポイント
アラン・プロスト:81ポイント

第15戦:日本GP(鈴鹿)10/22

プロストはセナが優勝できなければチャンピオンとなれることを知っていました。
そして、優勝するしかチャンピオンを獲得できないセナとのアクシデントが発生することになります。

セナはスタートでプロストを先行させた瞬間に、チャンピオンになれないことが決まったのかもしれません。

両者のシケインでの接触は避けられない運命ともいえるレースでした。
1989年シーズンでのセナ・プロの緊張関係は47周目の、このアクシデントに集約されたのです。

しかし、おしがけによるエンジンの再始動後、フロントウイングを交換するためにピットに入りながらもトップでゴールラインを駆け抜けたセナは誰から見てもヒーローでした。

その後の失格裁定には賛否の声があります。
セナのドライビングは強引すぎたのかもしれません。
しかし、これまでのレースでは黙認してきたにもかかわらず、この大事なレースでの処分は納得できるものではありませんでした。

1位:アレッサンドロ・ナニーニ(ベネトン・フォード)
2位:リカルド・パトレーゼ(ウイリアムズ・ルノー)
3位:ティエリー・ブーツェン(ウイリアムズ・ルノー)

アイルトン・セナ:失格
アラン・プロスト:リタイア(アクシデント)

アイルトン・セナ:60ポイント
アラン・プロスト:81ポイント

第16戦:オーストラリアGP(アデレード)11/5

最終戦は雨のレースとなります。
クラッシュが起こり再スタートになりますが、プロストはレースに戻ることはありませんでした。

再スタート後も激しい雨が続きます。
視界も確保できなかったセナはブラバムに激突。レースを終えることになります。

この結果、日本GPでの裁定がなくともチャンピオンはプロストが手にすることになったのでした。

1位:ティエリー・ブーツェン(ウイリアムズ・ルノー)
2位:アレッサンドロ・ナニーニ(ベネトン・フォード)
3位:リカルド・パトレーゼ(ウイリアムズ・ルノー)

アイルトン・セナ:リタイア(アクシデント)
アラン・プロスト:棄権

アイルトン・セナ:60ポイント
アラン・プロスト:81ポイント
※10戦ルールによりアラン・プロストの最終ポイントは76ポイント

まとめ

1989年、ドライバーズ・チャンピオンはアラン・プロストの手に渡ります。

勝利数ではアイルトン・セナ:6勝、アラン・プロスト:4勝でした。
勝利できなくてもプロストは地道にポイントを稼ぎましたが、セナはリタイアが多く、この結果につながっています。

1989年の日本GPでは、アイルトン・セナ失格の裁定が物議を醸しました。

他者にコース外に押し出されたことによって、シケインを通過できなかったにもかかわらず、失格とした裁定は理不尽なものでした。

こうした状況下でのシケイン不通過は黙認されることが多かったのです。

この裁定は1990年のチャンピオン・シップにも影を落とすことになるのでした。

© bluelady.jp


コメント

  1. ジミー より:

    ボウイさんに書き込んだ時、セナの事も載せますとあったのは、これですね。
    本当だ、プロストに負けた年の事ですね。
    あの頃は悔しくて、プロストには移籍して欲しいと思いました。
    余談ですが、セナが亡くなり、ホンダでマシンが公開されて見た時には、心臓がグサっとくるような、ヒーローを失う衝撃を初めて感じました。
    毎年彼の誕生日に、昔の映像見て、忘れないようにしています。
    亡くなってもヒーローだった事に、代わりはありませんよね。

    • Lin より:

      ジミーさん、書き込みありがとうございます。

      ヒーローを失うということを何度も繰り返したような気がしてます。
      その度に涙が溢れました。
      このブログのメイン記事「平井和正」「アイルトン・セナ」「デヴィッド・ボウイ」が亡くなったという知らせは本当に衝撃的でした。
      それは突然にやって来ました。アイルトン・セナはまさに事故でしたので予期しようがありませんでした。ボウイはアルバムを出したばかりで、CDからは元気な声を聴かせてくれていたので、まさかの出来事でした。
      平井和正が亡くなった時は未完のシリーズの次回作を期待しつづけていました。
      昨年は「生賴範義」が亡くなりました。

      こういった喪失感を何度も経験しながら私自身の人生は続いていきます。
      このブログは段々追悼ブログのようになってしまいましたが、私の知っていたヒーローたちを、(亡くなったとしても)知りたい、知らせたいという気持ちは強まるばかりです。

      昨年は実施出来ませんでしたが、アイルトン・セナの追悼記事を5月1日に掲載しようと考えています。(既にタイトルは考えました)
      それに、アイルトン・セナは今でも色々な話題を提供してくれています。

      近日、その話題で、アップ予定です。(記事の内容が予測できても書き込まないでくださいね。)
      まだ、記事を書けていないので、しばらくお待ち下さい。

      ボウイを亡くしたばかりの今、ボウイやセナを好きだった(愛していた)方たちの書き込みをいただけて、本当にうれしいです。

  2. ジミー より:

    昔からの友人と二人でセナ、ボウイがずっと好きでした。
    もちろん、今もまったく変わらないです。
    確かに追悼だけでは、悲しみだけのブログでツラいですね。
    きっと自分だけじゃなく、ファンだった人それぞれに持ってる情報もあるはずですね。
    セナの事も、是非知りたいです。
    楽しみに待っています。

    • Lin より:

      ジミーさん
      このブログは芸能ネタもあります。

      実際には楽しいブログにしたいんですけど、ボウイの死が重すぎて…一時的に暗いだけです。

      基本的に楽しいことで、感動したいと思ってます。
      文章が硬いとよく言われますが…

      ボウイ以外にも好きなことがいっぱいありますので、そんな記事で埋められたらいいと思ってます。

      3月ぐらいからはF1シーズンに突入しますので、F1記事が多くなると思います。
      昨年は全レースのレポートとレース後記、マクラーレンホンダの応援(批判?)記事をたくさんアップしました。
      今年もF1が始まると、雰囲気が一変する予定です。

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